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神戸地方裁判所 昭和54年(行ウ)16号 判決 1982年2月24日

原告

木村幸雄

右訴訟代理人弁護士

分銅一臣

麻田光広

丹治初彦

被告

姫路市長 吉田豊信

右訴訟代理人弁護士

俵正市

重宗次郎

右俵正市訴訟復代理人弁護士

寺内則雄

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告が原告に対し昭和五四年三月一三日付をもってなした失職通知書に基づき原告を同年二月二七日限り失職せしめる旨の処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文同旨

(本案の答弁)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  原告は昭和四四年六月四日姫路市に臨時職員として採用され、清掃局清掃第二課勤務となり、同年九月一日から正規職員として、同年一二月一日に同市技能員運転手補、昭和四八年八月一日に同市技能員運転手、昭和五一年一〇月一日に同市技能吏員運転士に任ぜられた。原告の所属職場は、採用直後から昭和四四年一二月までは同市広畑支所、その後は同市環境自然局美化部中部衛生センターであり、衛生作業員として屎尿集収車運転手の職務に従事した。

(二)  原告は昭和四四年からマイカーにより通勤していたが、昭和五一年二月二一日、同僚の青田豊の通勤用の車が故障したため、原告は車で通勤の途上同人をその自宅まで迎えに行き、原告の車に同乗させて姫路市に向けて走行中、午前七時ころ、福崎町八千穂二五八〇番地の四先交差点において、藤岡和也運転の自動二輪車と出会いがしらに衝突した。原告は右交通事故の結果禁錮八月執行猶予三年の判決を受け、右刑は昭和五四年二月二七日確定した。

(三)  昭和五四年三月一三日、被告は原告に対し、右判決の確定を理由として、地方公務員法一六条二号、二八条四項を根拠として失職通知をした。

(四)  しかし、姫路市の「職員の分限及び懲戒に関する条例」(以下、本件条例という。)七条一項には、「地方公務員法第一六条第二号に該当するに至った職員で、刑の執行を猶予された者については、他の法令に特別の定めがある場合を除くほか、その者の罪が業務上過失によるものであり、かつ、任命権者が情状を考慮して特に必要と認めたときに限り、その職を失わないものとすることができる。」と規定されている。そして、原告の前記事故について被告が本件条例の適用に関し考慮すべき情状として、本件事故が車の故障のため通勤困難となった同僚を原告が誘って通勤する途上で生じたものであること、本件事故の発生につき被害者藤岡和也にも、少くとも時速七〇キロメートルで一旦停止しないまま交差点に進入した重大な過失があること、原告は本件行為を反省し、事故の被害者との間ですでに示談が成立し嘆願書が出されていること、被告は原告を採用するにあたり、採用試験などはせず、被告の側から誘ってただちに採用したという経緯があること、原告の勤務状態が良好であること等の事情があったのであるから、被告は原告に対し本件条例七条一項の規定を適用すべきであるのにこれを拒否して失職させたもので、原告に対する失職通知処分は違法である。

(五)  よって、原告は被告のなした失職通知書に基づく原告を失職せしめる旨の処分の取消を求める。

二  本案前の答弁の理由

(一)  地方公務員法は、職員の任用の要件について同法一三条の平等取扱いの原則に則り、同法一六条において任用にあたっての欠格条項を規定するとともに、同法二八条四項において、職員の身分を有する者が右欠格条項に該当するに至ったときはその職を失う旨の失職条項を規定している。すなわち、欠格条項に該当しないことは、採用の条件であるとともに、職員としての身分継続の条件でもある。そして、地方公務員法二八条四項は、条例に特別の定を置くか否か、及び、その内容をいかなるものにするかを地方公共団体の裁量的判断に委ねており、同法一六条の該当者即失職者とする原則の例外的規定というべきものである。しかして、本件条例七条一項の規定は、その文言から明らかなごとく、欠格条項に該当するに至った者について例外的取扱いが可能な場合を、「その職を失わないものとすることができる。」として任命権者たる被告の自由裁量に委ねているのであって、例外的取扱いをなす旨の積極的な明示の意思表示がなされてはじめて法的効果を生ずるものである。したがって、右意思表示がない限り原則的に取扱われることになる。そして、本件の原告に対する失職通知は、原告が地方公務員法一六条二号に規定する欠格条項にあたる者となったため、同法二八条四項により法律上当然に失職したことを通知したもので、いわゆる準法律行為的行政行為たる観念の通知であって、何ら法律上の地位に変動を与えるものではなく、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたらない。

そうすると、原告に対し例外的取扱いをする旨の任命権者の意思表示がなされていない本件においては、抗告訴訟の対象とすべき行政処分自体が存在しないものと言わねばならない。

(二)  本件条例は、姫路市の業務遂行中の過失により欠格条項に該当するに至った者に限り情状による法定失職の救済を定めるものである。右にいう「業務」は、日常の一般的使用方法において「仕事」もしくは「毎日継続して行う仕事」の意味に用いられており、労働基準法、労働者災害補償保険法等の規定中の「業務上」の文言と同意義であって、仕事即公務もしくは職務を意味することは明らかである。このことは本件条例の規定の制定経緯等からも裏付けられる。右規定は、姫路市における市営バス運行中の事故について、運転手に対する刑事制裁に基づく失職の事態を回避救済することを目的として、姫路市と同市交通局労働組合との合意の結果、昭和三五年九月三〇日条例化されたものである。その際、仕事中の事故によるものに限り救済しうる旨を限定かつ特定する意図のもとに、地方公営企業法五条の二、七条ないし一〇条、一六条、二四条、二七条、二八条、四〇条、四四条等の規定中に用いられている「業務」や前記労働基準法等の規定中の「業務上」と同義の一般的概念としての「業務上」という文言を用いたものであって、刑法二一一条の規定における「業務」の文言のように法目的上特殊な意義をもつものとして用いたものではない。したがって、本件条例の右規定制定当初から、市営バスの運転業務以外の事故については右規定の適用がないことは当然視されていた。そして、「業務上」の文言を置いたのは、公務中の事故にかかる場合公務員を特別に保護し公務の萎縮を回避するという配慮によるもので、公務に起因する死傷病の場合の給与についての一般職の職員の給与に関する法律二三条一項、国家公務員等退職手当法五条等の規定、公務による災害の場合における補償についての地方公務員法四五条の規定と趣旨を同じくする。

(三)  国家公務員の欠格による失職については地方公務員法二八条四項のような例外規定はなく、自治省は同条項所定の条例の制定については適切なものとは考えられない旨の行政解釈をしており、さらに同法二四条五項所定の均衡の原則にも反し、同法五条但書にいうこの法律の精神に反するとの見解もあること、また、大多数の地方公共団体が地方公務員法二八条四項所定の条例を制定していないことや、姫路市における近時の交通事故の激増により、交通安全に対する地域的世論に対し率先垂範すべき立場にある市職員にとって、本件条例の運営については益々厳格性が要求されることなどから、本件条例については厳格な解釈、適用が要求される。

(四)  市の業務を遂行中の行為であるか否かの認定も行政処分にはあたらない。すなわち、右認定は行政権の発動としての法律効果の形成を直接の目的とするものではなく、業務遂行中であるか否かは地方公務員法一六条二号の欠格事由にあたる有罪判決の罪となるべき事実が発生した時点で客観的に法律上当然に定まっているのであって、任命権者による判定をまたねばならないものではない。したがって、右認定は市の「業務」上外という規範的事実の有無を確認するものにすぎず、また、右事実の存否が直接職員の身分関係に法律的効果を形成するのではなく、業務上との認定を前提としてはじめて任命権者は当該職員につき本件条例上の救済が可能であるか否かに関しその情状を検討し判断することになり、職員の権利義務に直接かつ具体的な法的効果を及ぼす行政処分が行われるのである。したがって、市の業務遂行中の行為でないことが明らかな本件においては、任命権者による本件条例上の行政処分を観念する余地はない。

三  請求原因に対する答弁

請求原因(一)の事実中、原告の広畑支所所属期間の終期の点を除き、その余の事実は認める。右終期は昭和四五年五月三一日である。

請求原因(二)の事実中、原告が青田豊を迎えに行った動機及び経路は知らないが、その余の事実は認める。

請求原因(三)の事実は認める。

請求原因(四)の事実中、本件条例の存在及び同条例七条一項の規定内容は認めるが、その余は争う。

四  本案前の主張に対する原告の反論

(一)  本件条例七条一項は、地方公務員法二八条四項、一六条二号と一体をなすものであり、任命権者が、「その者の罪が業務上過失による」ものでないか、もしくは、「情状を考慮して特に必要」ではないと認定した場合には、当該職員は失職することになり、その身分関係に変動を生じさせることになる。したがって、このような任命権者の認定は行政処分に外ならず、被告が原告に対しなした「失職について」と題する書面による通知は行政処分の通知である。

(二)  原告が青田豊を迎えに行った行為は公務上の行為である。原告はし尿処理車の運転手であり、青田豊は助手であって、「組」を作って作業に従事していたが、本件事故当時、原告らの割当地域における収集には、その地域をよく知る右青田の案内が不可欠であった。ところが、前記のとおり同人の車が故障したため、事故当日同人が休暇をとることが明らかであったので、原告は「組」の責任者として予定通り収集業務を行うべく迎えに赴いたもので、上司としても右青田の車の故障による支障の事実を知っていたならば、迎えに行くことを当然指示していたはずである。右の事情のもとに原告が行った特別な行為の遂行は、公務の遂行と同一視すべきものである。

(三)  仮に、本件事故が市の業務遂行中に発生したものと言えないとしても、原告の通勤途上の事故であるから「業務上」と同様に取扱うべきである。しかも、当時の原告の職場は、公共交通機関を利用する場合は自宅から二時間五分を要し、マイカーによる場合は四〇分ないし五〇分であり、勤務時間は午前八時からであったから、自動車通勤がごく自然に通常の通勤方法となっていた。また、労働者災害補償保険法の適用に関し、通勤途上の事故を業務上の事故と同一に処理していることをも考慮すると、通勤途上について業務上と同一に取扱うのが合理的である。

(四)  本件条例は公務上の行為の場合に限定されない。すなわち、右条例は地方公務員法二八条四項の委任を受けて制定されたものであるが、右委任は条例制定権者に対する白紙委任ではなく、右委任の規定を設けた趣旨から合理的制限が内在している。その趣旨は、失職規定の形式的機械的適用が地方公務員に苛酷な結果をもたらすことになるので、資質の維持という目的に反しない限度で地方公務員の身分保障を図ろうとするものである。右趣旨からすれば、任命権者の情状に関する判断を経る以上、地方公務員の資質の維持、地方住民の信頼は守られるのであって、業務上という特別の要件を加重する必要はない。自動車事故が多発している社会情勢の中で、過失により交通事故を起こす地方公務員がいることは避けえないことであるが、右資質の維持と信頼は、その発生した交事通故が公務上であるか否かに関するのではなく、過失の態様に関係するものであり、行為の非難可能性が重要であって、公務のゆえに特別に保護すべき理由はない。本件条例は市交通局の運転者にのみ適用されるものではなく、市職員全般に適用が予定されており、被告は右条例制定にあたり、市職員の多くが自動車を運転している事実の認識に立ち、公務に限定することを念頭に置かなかったものである。

また、本件条例における「業務上過失」という文言は、右条例が制定された昭和三五年当時、「公務上の過失」という言葉とは厳格に区別された「業務上過失」として明確な意味をもって使用されていたこと、及び、右条例が「禁錮以上の刑に処せられた者」で「執行を猶予された者」についての任命権者の認定を媒介とする規定の仕方になっていることからして、「業務上過失」という文言は刑法二一一条の規定を意識して使用されたことが明らかである。また、条例により地方公務員法二八条四項の例外規定を設けるにあたり、右法条が公務と関係なく定められている形式からしても、条例においては公務と関係なく広く一般的に適用する形式で規定しなければ、同法一三条の平等取扱の原則に反する。これらの諸点よりすれば、「業務上過失」を「公務上の過失」の意味に解することは許されない。

(五)  仮に、本件条例が公務上の場合を規定したものとしても、公務外の交通事故については解釈に委ねられる。そして、右条例制定の経過において、公務上に限定することが労使の交渉過程では明らかでなく、労組側としては公務上に限定されないとの認識を有したこと、労使交渉の出発点は、交通事情の激化により、事故を起こしたため簡単に失職することのないようにする点にあったこと、法令用語として「公務」と「業務」は別であるのに、本件条例に「公務」の用語を使用しなかったのは、これに限定する意思が明確に定まっていなかったと考えられること、市としては、救済対象の範囲について合理的な解釈の含みをもつことを認識したまま「業務上過失」の用語を選択したこと等からすると、公務に限定しないのが合理的解釈である。他方、前述のとおり、公務員としての適格性の判断については公務上であると否とは関係がなく、また、適格性の観点からすれば、原告のような現業公務員については、同種の仕事を民間に委託し、民間企業は地方公務員法と無関係に身分的制度もなく労働者を雇用していることに鑑み、公務員適格性を非現業職員と同一に論ずることはできないのであって、公務上に限定し解釈することは合理性を欠くものと言うべきである。

第三証拠(略)

理由

第一  原告に対する失職通知の経緯

原告が昭和四四年六月四日姫路市に臨時職員として採用され、清掃局清掃第二課勤務となり、同年九月一日から正規職員として、技能員運転手補、技能員運転手を経て昭和五一年一〇月一日技能員運転士に任ぜられたこと、原告の所属職場が、当初同市広畑支所、次いで同市環境自然局美化部中部衛生センターとなり、衛生作業員として屎尿集収車運転手の職務に従事していたこと、原告はいわゆるマイカー通勤をしていたが、昭和五一年二月二一日午前七時ころ、同僚の青田豊を自己の車に同乗させて姫路市に向けて走行中、福崎町八千穂二五八〇番地の四先交差点において藤岡和也運転の自動二輪車と出会いがしらに衝突した交通事故により、禁錮八月執行猶予三年の判決を受け、右判決が昭和五四年二月二七日確定したこと、同年三月一三日、被告が原告に対し、右判決の確定を理由として地方公務員法一六条二号、二八条四項を根拠として失職通知をしたこと、姫路市の本件条例七条一項には、「地方公務員法第一六条第二号に該当するに至った職員で、刑の執行を猶予された者については、他の法令に特別の定めがある場合を除くほか、その者の罪が業務上過失によるものであり、かつ、任命権者が情状を考慮して特に必要と認めたときに限り、その職を失わないものとすることができる。」旨規定されていることは当事者間に争いがない。

第二  本件訴の適否について

一  地方公務員法一六条二号は、職員の欠格事由として、「禁こ以上の刑に処せられ、その執行を終るまで又はその執行を受けることがなくなるまでの者」と規定し、同法二八条四項は、「職員は第一六条各号(第三号を除く。)の一に該当するに至ったときは、条例に特別の定がある場合を除く外、その職を失う。」旨規定している。右二八条四項は、現に職員の身分を有する者について前記欠格事由に該当するに至ったときは、原則として法律上当然にその身分を失うものとし、例外的に、条例によりその除外事由を定めうる旨規定したものであり、本件条例七条が右除外事由を定めるものであることは明らかである。

二  そこで、右除外事由の要件として本件条例の規定する「業務上過失」の文言が、姫路市の業務(公務)遂行中の過失行為に限定されるべきか否かについてみることとする。

(証拠略)によれば、本件条例の失職の例外規定は、都市における交通量の激増により、公営バスの運転手など公営交通事業等に従事する職員が業務上の交通事故により禁こ以上の刑に処せられ失職する事例が多くなったので、職員の身分保障が問題とされ、公営バスの各労組の上部団体である日本都市交通労働組合連合会が母体となって救済措置運動が起こり、姫路市においても、姫路交通労働組合より市当局に対し地方公務員法二八条四項に基づく条例の制定が要請され、労使折衝の経過を経て、昭和三五年九月二〇日、市長より市議会に対し前記内容の失職の例外規定を置く条例改正案が提出され、同月三〇日可決成立に至ったものであること、右例外規定の制定にあたり、市議会における提案説明として公務外の事故の場合を除外する旨の明確な説明は必ずしもなされなかったが、同市の自動車運転業務に従事する職員の、業務上の交通事故について職員の救済をはかるものであるとの趣旨説明がなされたこと、また、当時いわゆるマイカー通勤はまだ普及していなかったこともあって、労使の折衝過程においてもマイカー等による交通事故一般を意識した救済措置についての論議もなく、前記交通労組としても、問題は主として交通事業に従事する者の救済にあることを認識していたこと、その後、昭和四八年一二月六日同市交通局所属の市バス運転手が私行上(釣帰り)の自家用車運転中に惹起した交通事故により昭和五二年八月一〇日有罪の確定判決を受けた事案について、任命権者たる被告は、公務外であるゆえに本件条例を適用しなかったが、その際、同市の労使間においても、任命権者の右措置が問題とされたことはなかったことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

因みに、(証拠略)によっても、原告はマイカーで通勤の途上、格別上司等からの指示があったわけでもないのに、同僚青田豊との任意の約束で同人を誘って同乗させ走行中に本件交通事故を惹起したというのであって、右事故について、それ自体を公務遂行中と認めることはできず、他にこれを認めるべき証拠もない。

三  ところで、法令用語としての業務は、人が職業その他社会生活上の地位に基づき継続的に行なう事務又は事業を総称する概念であると解される(<証拠略>)が、本件条例七条一項が姫路市職員に地方公務員法二八条四項に基づく当然失職に救済を与える例外規定であることに鑑みれば、そこで用いられている業務という用語は、本来、姫路市職員たる地位に基づき継続的に行なう事務を意味するものと解されるのであって、これを、適用対象たる行為主体に何等の限定のないところにおいて刑を加重するための犯罪構成要件として用いられている刑法二一一条所定の業務と同意義に解釈しなければならない必然性はない。本件条例七条一項は、端的に公務上過失という文言を用いることなく業務上過失という文言を用いているけれども、それ以上に、同条項の業務上過失の文言を刑法二一一条所定の業務上の過失の概念と同意義のものとして用いるものであるという趣旨が規定上明確に表現されているわけでもない。しかも、前認定の事実によれば、本件条例七条一項は、姫路市の自動車運転業務に従事する職員の、業務遂行中の交通事故について、救済をはかる趣旨で制定されたものであることは、明らかである。したがって、本件条例七条にいう「その者の罪が業務上過失によるもの」とは、市職員としての業務に起因し、かつ、その業務遂行中の過失による犯罪を意味するものと解される。(なお、通勤途上は、元来業務上とは区別して観念すべきであって(労働者災害補償保険法一条参照)、本件条例七条所定の業務上の概念に包含されるものではなく、またそこまでこれを拡張して解釈することは相当でない。)

原告は、地方公務員としての資質の維持、これに対する住民の信頼は、その者の犯した交通事犯が公務上であるか否かとはかかわりがないから、公務上を意味する要件は情状による失職の例外を認める要件としては無意味である旨主張する。しかし、先に認定したとおり、当然失職の例外規定である本件条例七条の制定経緯において公務としての自動車運転業務に従事する職員の救済がその端緒となったこと、右公務自体が過失犯を惹起する危険性の大きい内容のものであることからすれば、公務上なる枠組を設けることに合理性がないとは言えない。また、そうした枠組を設けることが、地方公務員法二八条四項の委任の趣旨に反するものとも解されない。

そうすると、本件条例七条は、姫路市の職員について、地方公務員法一六条二号所定の欠格事由該当者のうち、公務遂行中の過失により罪を犯した者に限り、例外的にその失職の効果の発生を任命権者の情状に関する認定判断にかからしめることを定めたものと解することができる。すなわち、右条例の規定が当然失職に関する例外を定めたものであることに鑑みれば、地方公務員法一六条二号所定の欠格事由該当者のうち、公務遂行中の過失により罪を犯した職員については、任命権者に情状に関する認定判断を求める権利が与えられたものであり、その判断を経るまでは当該職員が当然失職することはないものというべく、したがって、右のような場合に、任命権者が、情状に関する認定判断を経た上例外的取扱をする余地なしとして、その判断を告知する趣旨で当該職員に対して失職通知をしたものであるときは、右失職通知は、行政処分たる性格を有するものというべきである。

しかしながら、当該職員の過失による犯罪行為が公務遂行中のものでないときは、当該職員は任命権者の情状に関する認定判断をまつまでもなく、地方公務員法二八条四項により当然失職の効果を生ずることになる。すなわち、公務遂行中であるか否かは、任命権者の判定を待つまでもなく、同法一六条二号所定の欠格事由にあたる有罪判決の対象となった犯罪事実が発生したとき客観的に法律上当然に定まっているものというべく、したがって、当該犯罪事実が客観的に公務遂行中のものでない場合に、任命権者が、それが公務遂行中の行為ではないと認定しても、それは、既に生じている当該職員の当然失職という法律効果を認識するものであるにすぎず、右認定に基づいてなされた当該職員に対する失職通知を行政処分とみる余地はない。

四  上述の点に鑑み、(証拠略)によれば、被告の原告に対する本件失職通知は、被告において、本件条例七条一項所定の業務上とは公務遂行中の意味であってそこには通勤途上の所為は含まれないとの解釈のもとに、原告は右規定の定める例外の適用を考慮すべき場合に該当せず地方公務員法二八条四項の規定により当然失職した、との認定に基づいて、なされたものであることが明らかであり、したがって、本件失職通知ないしその前提となる右認定に処分性を認める余地はないことになる。なお、本件条例上、右のような場合に当該職員に対して通知をなすべき旨の規定も存しない。

したがって、原告に対する本件失職通知は、原告が欠格事由に該当し当然その職を失った旨を事実上通知したにすぎないものというべく、右失職通知は、それ自体が行政処分でないことはもとより、抗告訴訟の対象となるべき行政処分の通知にもあたらないものというべきである。

五  以上によれば、本件において抗告訴訟の対象となるべき行政処分は存在しないことに帰するから、本案について判断するまでもなく本件訴は不適法と言わねばならない。

第三  よって、本件訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富澤達 裁判官 松本克己 裁判官 鳥羽耕一)

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